20260811 original quel

売上6.7億円、黒字経営の少し異質な量子スタートアップ——大阪大学発QuEL

量子コンピュータ業界では、巨額の資金調達や赤字を許容した積極投資、数年後、十数年後の派手な技術ロードマップがニュースになりやすい。一方で、現在どれだけ製品が売れ、どれだけ事業として成立しているのかは見えにくい企業も多い。

そんな中、日本に少し異質な量子スタートアップがある。

大阪大学発のキュエル株式会社(QuEL)だ。

QuELが開発するのは量子コンピュータそのものではなく、量子ビットQuantum Bit / Qubit量子コンピュータで情報を表す基本単位。0と1のどちらかだけでなく、それらを重ね合わせた量子状態を取れる。QI補足量子ビット数が多いほど必ず高性能とは限らない。誤り率、接続性、コヒーレンス時間や論理量子ビット数も重要になる。を動かすための制御装置だ。2022年に製品の出荷を開始し、2024年6月期には45台を販売。さらに2025年6月期には39台を販売し、売上高6.7億円、純利益6,169万円を計上したとしている。

量子技術の商用化にはまだ時間がかかると言われる中、すでに製品を販売し、利益まで出している。

QuELの現在地を評価するには、販売台数や黒字という数字だけでなく、誰に売れているのか、どの市場で事業が成立しているのかまで見る必要がある。

量子コンピュータを作らず、その「制御装置」を売る

QuELは2021年、大阪大学で開発されていた量子コンピュータ制御技術の事業化を目的として設立された。

主力製品「QuEL-1」は、量子ビットにマイクロ波信号を送り、演算結果を読み出すための制御装置である。複数のユニットを同期させることで量子ビット数の拡張に対応する構成を採用している。

量子コンピュータでは、IBMやGoogle、Quantinuumなどが開発する量子プロセッサQuantum Processor / Quantum Processing Unit / QPU量子ビットを搭載し、量子ゲートや測定などの量子計算処理を実行するハードウェアの中核部分。QI補足QPUの性能は量子ビット数だけでは判断できない。ゲート忠実度、接続性、速度、エラー率などを合わせて見る必要がある。そのものに注目が集まりやすい。しかし量子ビットだけでは計算機は動かない。

量子ビットへ高精度な信号を送り、同期させ、その状態を読み出す古典側の電子機器も必要になる。

QuELはこの部分を専業とする。

つまり、「将来完成する量子コンピュータを売る」のではなく、現在、量子コンピュータを研究開発している組織に必要な装置を売るというビジネスだ。

この違いは大きい。

量子コンピュータそのものが商用製品として十分に普及するのを待たなくても、研究開発が続く限り制御装置には需要がある。QuELは、量子コンピュータの将来市場ではなく、すでに存在する研究開発市場から売上を作っている。

2台、25台、45台

販売実績は明確だ。

中小企業基盤整備機構の取材によると、事業化初年度は産業技術総合研究所へ2台を販売。その翌年度には25台を受注し、その大半を理化学研究所向けが占めた。

2024年6月期には販売台数が45台まで増加した。

この点だけでも、日本の量子スタートアップの中では特徴的だ。

共同研究やPoC、受託研究ではなく、「制御装置」という明確な製品を作り、顧客が購入している

さらにQuELの制御装置は、理研の国産初の超伝導量子コンピュータ超伝導方式 / Superconducting Quantum Computing / Superconducting Qubit超伝導回路を極低温で動作させ、電気的な量子状態を量子ビットとして利用する量子コンピュータの実装方式。QI補足高速なゲート操作などが特徴だが、性能は量子ビット数だけでは決まらない。ゲート忠実度、コヒーレンス時間、接続性、誤り訂正への対応も確認したい。をはじめ、大阪大学などの国産量子コンピュータ開発でも採用されてきた。2025年7月に稼働した「純国産」超伝導量子コンピュータでも、QuELは制御装置を担う開発企業の一社として参加している。

「製品を開発した」という段階ではなく、実際の量子コンピュータ開発環境で使われ、継続して販売されている。この点はQuELの明確な強みだ。

売上6.7億円、純利益6,169万円

さらに注目したいのが、事業規模だ。

QuELが公表している2025年6月期の実績は、制御装置39台、売上高6.7億円、純利益6,169万円

少なくとも、「製品はあるが売上規模はほとんど分からない」という段階ではない。

研究開発型企業でありながら利益まで計上していることも重要だ。

創業初年度から黒字だったことは以前から明らかになっている。ただし、初年度についてはNEDOの研究委託事業を獲得していたことも黒字化の要因だったとされるため、「製品販売だけで最初から利益が出ていた」と解釈するのは適切ではない。

一方、創業4期目で売上高6.7億円、純利益6,169万円まで積み上がったのであれば、単なる研究助成頼みの会社として片付けるのも無理がある。

少なくとも、研究成果を製品に変え、その製品を継続して販売し、利益を残すところまで到達している。この点では、多くの量子スタートアップより一歩先にいると言える。

ただし「45台販売」の見え方には注意が必要

ここからは数字を少し慎重に見る必要がある。

例えば「年間45台販売」という数字だ。

量子コンピュータ向けの専門装置として考えれば、45台という販売実績は決して小さくない。複数の研究機関や企業に製品が広がっているようにも見える。

しかしQuELの場合、2年目に受注した25台の大半が理研向けだった。

量子制御装置は、一つの量子コンピュータシステムに複数台を組み合わせて利用する。QuEL自身も、複数ユニットを同期させることで量子ビット数を拡張する構成を製品の特徴としている。

したがって、販売台数が増えることと、顧客数が増えることは同じではない。45台が45の異なる顧客に売れたわけではない。

現在公開されている情報だけでは、売上6.7億円が何社の顧客から生まれているのか、最大顧客が売上の何割を占めるのかまでは分からない。ただ、過去の販売実績を見る限り、少数の大型顧客への依存度は相応に高い可能性がある。

QuELの事業の広がりを見るうえでは、年間販売台数よりも、顧客数や顧客構成の方が重要な指標になる。

国研・大学で売れることと、世界市場で売れること

もう一つ考える必要があるのが、現在の市場そのものだ。

公開情報で目立つQuELの採用先は、産総研、理研、大阪大学など、日本の量子研究開発を担う大学・国立研究機関である。量子コンピュータの専門家が実際に使用する研究環境で採用されていることは、制御装置としての技術的な信頼性を示す重要な実績になる。

日本の量子コンピュータ研究には大規模な公的資金が投入されている。QuEL自身もJSTムーンショット型研究開発事業などの国の研究開発プロジェクトに参画しており、現在の事業はこうした国内の量子研究開発投資が拡大する市場とも密接に結びついている。

この需要を取り込めていること自体は事業上の強みだ。ただし、国内の研究開発プロジェクトで売れることと、世界の商用市場で競争して売れることは同じではない。

現在の実績だけで、世界市場における競争力まで証明されたと見るのは早い。

とは言え、QuELが対象とする市場そのものも広がりつつある。

これまでの主力は超伝導量子コンピュータ向けの制御装置だが、2026年から参画するJSTムーンショット型研究開発事業では、大規模な超伝導量子コンピュータ向け制御装置に加え、100~1,000量子ビット規模を見据えたイオントラップ向け古典制御システムの研究開発も進めている。

つまりQuELは、超伝導方式に特化した装置メーカーから、異なる量子ビット方式にも制御技術を展開するメーカーへ広がろうとしている

これが実際の製品販売につながれば、QuELの成長余地は超伝導量子コンピュータ市場だけに限られなくなる。

「スタートアップとして成功」と「優良メーカーとして成功」

さらに根本的な問いもある。

QuELはどのような会社を目指しているのか。

2025年時点で従業員は14人。大型のVC調達を繰り返して急速に人員を増やすというより、創業メンバーの自己資金からスタートし、25台の大型受注で運転資金が必要になった際には銀行融資を利用している。

これは、典型的なディープテックスタートアップとは少し違う。

数十億円、数百億円を調達し、巨大市場での将来的なシェア獲得を目指して赤字を拡大するモデルではない。

むしろ現在の姿だけを見れば、QuELは少人数で高付加価値の専門装置を製造するメーカーに近い。

14人程度の組織で6.7億円を売り上げ、6,000万円を超える純利益を出す会社が持続的に成長するのであれば、一つの事業として十分に成功していると言える。

ただし、「収益性の高いニッチメーカーとして成功すること」と、「急成長するスタートアップとして成功すること」は同じではない。

QuELを評価するとき、この二つを混同しない方がよいだろう。また、QuEL自身がどのような会社を目指しているのか、今後の動きを見るうえでも重要なポイントになる。

重要なポイントは「次の顧客」

その意味で、今後QuELを見るうえで最も注目したいのは、販売台数ではない。

誰がQuELを買うのかである。

理研、大阪大学、産総研といった国内の研究機関で実績を作った次に、国内外の民間量子ハードウェア企業へ顧客を広げられるか。

QuELは2025年時点で国内外の企業から引き合いがあるとしているが、具体的な海外顧客や販売規模は公表されていない。

海外には、自社で制御システムを開発する量子ハードウェア企業も多い。その企業に、「自社で作るよりQuELを買った方がいい」と思わせることができれば、QuELの立ち位置は大きく変わる。

国内の量子研究開発を支える装置メーカーから、世界の量子コンピュータ産業に組み込まれたサプライヤーになるからだ。

将来の量子コンピュータ実用化を待つだけではなく、量子コンピュータを開発している現在の市場に製品を売り、6.7億円の売上と利益をすでに作っていることは明確な実績だ。

次に問われるのは、その事業をどこまで広げられるかである。

QuELの次の45台よりも、次の5社が誰なのかの方が重要だろう。

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