20260820 original revenue

量子企業は何で稼いでいるのか――売上高だけでは見えない商用化の現在地

量子企業の売上が伸び始めている。

2026年第2四半期、IonQは8,010万ドル(約127億円)Infleqtionは1,350万ドル(約21億円)Quantinuumは800万ドル(約12.7億円)Rigetti Computingは510万ドル(約8.1億円)D-Wave Quantumは310万ドル(約4.9億円)の売上を計上した。

IonQは前年同期比287%増、Quantinuumは279%増、Infleqtionも157%増。数字だけを見ると、量子コンピューター市場が急速に商用化・収益化へ向かっているようにも見える。

しかし、量子企業は、実際には何を売ってこの売上を作っているのか。

量子コンピューターの計算時間なのか。実機なのか。政府から受託した研究開発なのか。量子センシングQuantum Sensing重ね合わせや量子干渉などの量子現象を利用し、磁場、時間、重力などを高感度に測定する技術。QI補足量子コンピュータとは別の量子技術分野で、すでに実用化された例もある。性能を見る際は感度、分解能、測定環境を確認したい。や通信なのか。

現在の主要な量子企業の収益構造を追うと、「量子市場の商用化」という言葉が、一般に想像される「量子コンピューターの商用化」とはかなり違う中身を含んでいることが分かる。

※円換算は2026年8月20日時点の為替水準を参考に、1ドル=約159円として概算。

IonQ――約127億円は「量子計算利用料」ではない

2026年第2四半期で最も目立つのがIonQだ。

売上高は8,010万ドル(約127億円)。前年同期の約4倍となり、他の専業量子企業を大きく上回る。

ただし、この数字を「IonQの量子コンピューターが約127億円分利用された」と捉えるのは正確ではない。

現在のIonQは、すでに量子コンピューティングだけの企業ではない。

同社は相次ぐ買収を通じて、量子ネットワーク、量子セキュリティ、センシング、フォトニクス、宇宙関連技術まで事業を広げている。

第2四半期についてIonQは、売上の約25%が複数の製品カテゴリーを利用する顧客から生まれたとしている。また、売上の約60%を「commercial」としているが、その事業範囲自体が従来より大幅に広がっている。

会社側も売上成長の要因として、Tempo量子コンピューターの導入、クラウド利用に加え、広範な「quantum platform」全体の需要を挙げている。

つまり現在のIonQの売上は、

量子計算+量子ネットワーク+セキュリティ+センシング+その他の量子関連事業

を合わせた数字として見る必要がある。

売上が急成長していること自体は間違いないが、その成長率だけから量子コンピューターそのものの商用需要を読み取ることは難しくなっている。

Infleqtion――「すべて量子」でも、中心には政府案件

Infleqtionも興味深い。

2026年第2四半期の売上高は1,350万ドル(約21億円)で、前年同期比157%増。同社はこの売上について「100% organic and entirely from quantum」と強調している。

確かにIonQとは異なり、買収した非量子事業が数字を押し上げているわけではない。

ただし、「すべて量子」という言葉と「量子コンピューターの商用利用による売上」は同じではない。

Infleqtionは中性原子方式中性原子量子コンピューター / Neutral Atom Quantum Computer / Neutral-Atom Quantum Computing電荷を持たない原子をレーザーなどで捕捉・配列し、その量子状態を量子ビットとして利用する量子計算方式。QI補足多数の原子を規則的に配置しやすい点が特徴。性能比較では原子数だけでなく、ゲート忠実度や再配置、損失率も確認したい。の量子コンピューター「Sqale」を開発している一方、原子時計や量子センシングも大きな事業領域として持つ。

さらに、同社の売上では政府案件の存在感が大きい。例えばNASAとは、宇宙用の量子重力勾配計を開発する総額2,000万ドル(約31.8億円)の契約を持つ。2026年第1四半期には、このNASA案件だけで前年同期から約400万ドル(約6.4億円)売上が増加した。ほかにも米国防総省、米陸軍、欧州宇宙機関、日本の政府系プロジェクトなどから収益を得てきた。

Infleqtionの売上は確かに「量子」だが、その中には、

量子コンピューティング、量子センシング、原子時計、政府向け研究開発

が含まれる。

ここでも「量子企業の売上」と「量子コンピューター利用による売上」は分けて考える必要がある。

D-Wave――量子コンピューターが1台売れると決算が変わる

D-Waveは、現在の量子市場の構造を最も分かりやすく示す企業の一つだ。

2026年第2四半期の売上高は310万ドル(約4.9億円)。前年同期とほぼ同じだった。

ところが2025年上期の売上高は1,810万ドル(約28.8億円)だったのに対し、2026年上期は590万ドル(約9.4億円)。67%も減少している。

理由は単純だ。2025年上期には、1,370万ドル(約21.8億円)の量子コンピューター実機販売があったからだ。大型の量子コンピューターを1台売るだけで、現在の量子企業では年間・四半期売上が大きく変わる。

一方、D-Waveにはクラウド型サービス「Leap」を通じたQuantum Computing as a Service(QCaaS)もある。

2026年上期のQCaaS売上のうち、D-Waveが「production applications」に分類する売上は130万ドル(約2.1億円)で、QCaaS売上全体の37.3%を占めた。前年同期は30万ドル(約4,800万円)、9.8%だった。

数字だけを見ると、量子コンピューターの本番利用が広がっているようにも見える。だが、この解釈には注意が必要だ。

LeapではQPU量子プロセッサ / Quantum Processor / Quantum Processing Unit / QPU量子ビットを搭載し、量子ゲートや測定などの量子計算処理を実行するハードウェアの中核部分。QI補足QPUの性能は量子ビット数だけでは判断できない。ゲート忠実度、接続性、速度、エラー率などを合わせて見る必要がある。への直接アクセスに加えて、量子・古典ハイブリッドソルバーが提供されている。後者の内部処理は利用者からはブラックボックスで、個々の計算においてQPUが実際に使われたのか、使われたとして結果にどの程度寄与したのかは外部から確認できない。

この数字が示しているのは、少なくともD-Waveが「production」と分類する用途で最適化サービスが使われているということだ。QPUそのものの商用価値を示す数字とまでは言えない。

D-Waveの現在の収益構造は、

実機販売+クラウド利用+専門サービス

という複数のモデルが併存している。

とくにQCaaSの「production」売上は、QPUそのものの商用利用実績とは切り分けて読む必要がある。

Rigetti――「クラウドで使わせる」だけでなく、QPUそのものを売る

Rigettiも、近年は収益の作り方を広げている。

2026年第2四半期の売上高は510万ドル(約8.1億円)。会社側は売上成長の要因として、9量子ビットQuantum Bit / Qubit量子コンピュータで情報を表す基本単位。0と1のどちらかだけでなく、それらを重ね合わせた量子状態を取れる。QI補足量子ビット数が多いほど必ず高性能とは限らない。誤り率、接続性、コヒーレンス時間や論理量子ビット数も重要になる。の「Novera」量子コンピューティングシステムや関連製品の販売を挙げている。

Rigettiは従来、自社クラウドのQCSやAmazon BraketAmazon BraketAWSが提供する量子コンピューティングサービス。複数方式の量子コンピュータやシミュレータをクラウド経由で利用できる。QI補足Amazon自身の単一の量子コンピュータを指す名称ではなく、複数ベンダーや方式のハードウェアへアクセスする基盤。実験結果を見る際は、実際に使用したデバイスや方式を確認したい。、Microsoft Azure Quantumなどを通じて量子計算環境を提供してきた。

しかし最近では、大学や研究機関、HPCセンターにQPUやオンプレミス量子システムを直接販売する事業が目立つ。

例えば2026年第1四半期には、カナダのサスカチュワン大学へNovera QPUを販売・出荷している。現在もインドのC-DACやPittsburgh Supercomputing Center向けのシステム納入を進めている。

ここで顧客が買っているのは、量子コンピューターで既存業務を高速化するサービスというより、量子コンピューターそのものを研究・検証するための研究設備に近い。

実機販売が増えれば売上は伸びる。ただし、それをそのまま産業用途での量子計算需要と捉えることはできない。

Quantinuum――継続的なクラウド利用という別の形

Quantinuumは少し違う。

2026年第2四半期の売上高は800万ドル(約12.7億円)で、前年同期比279%増となった。

Quantinuumで注目したいのは、売上成長の主因としてクラウド事業が挙げられている点だ。

実機販売や政府契約と違い、クラウド利用は顧客が使い続ける限り売上が積み上がる。ただし、クラウド利用が増えたからといって、その計算が企業の本番業務で経済価値を生んでいるとは限らない。研究、評価、アルゴリズム開発も含まれるからだ。

それでも、量子コンピューターそのものを販売するのではなく、その計算能力へのアクセスを継続的に販売するモデルがどこまで育つかは、量子産業の商用化を見るうえで重要な指標になる。

同じ「売上」でも意味が違う

ここまでを整理すると、現在の量子企業の売上には少なくとも次のような種類がある。

売上の種類典型例特徴
量子コンピューター実機販売D-Wave、Rigetti1件が大きいが、売上が案件時期に左右される
クラウド計算利用Quantinuum、D-Wave、IonQ、Rigetti継続利用へつながればストック型になり得る
政府・研究開発契約Infleqtionなど現在の量子産業では大きな需要源
量子センシング・通信などIonQ、Infleqtion量子コンピューティング以外の市場
専門サービス・共同研究各社PoC、アルゴリズム開発、導入支援など

会計上はいずれも同じ売上だ。

しかし、産業の成熟度を考えるうえでは意味が大きく違う。

例えば研究機関が2,000万ドル(約31.8億円)の量子コンピューターを購入すれば、そのメーカーには約31.8億円の売上が立つ。

しかし、それは必ずしも、

「量子コンピューターを使うことで31.8億円以上の経済価値が生まれるため購入された」

ことを意味しない。

研究設備として購入されたのかもしれない。

国家戦略上、国内に量子計算能力を持つためかもしれない。

将来に備えるための研究開発投資かもしれない。

一方、企業が毎月量子計算サービスを利用し、その結果として物流費や生産コストを削減し続けているのであれば、同じ売上でも意味はかなり違う。

「Commercial customer」は「量子コンピューターを実務利用している企業」ではない

ここは、現在の量子業界を見るうえで特に注意したいところだ。

量子企業の発表では「commercial customer」「commercial revenue」という言葉が頻繁に登場する。

D-Waveは2026年第2四半期売上の62.4%がcommercial customersによるものだったと説明している。IonQも売上の約60%をcommercialとしている。

数字だけを見ると、

「売上の6割は一般企業が量子コンピューターを実務で使って生まれている」

ように感じるかもしれない。

しかし、現時点でそのように読むのは、ほぼミスリードに近い。

Commercial customerとは基本的に、政府機関や研究機関ではない民間顧客であることを示しているにすぎない。

その企業が、

  • 量子コンピューターの性能を評価している
  • PoCを行っている
  • 共同研究をしている
  • 将来に備えてアルゴリズムを開発している
  • クラウド上で実験的に量子コンピューターを利用している
  • 量子センシングや量子通信など、量子計算以外の製品を購入している

場合でも、commercial customerになり得る。

これは、量子コンピューターがその企業の日々の業務システムに組み込まれ、従来計算より優れた経済価値を生んでいることとはまったく別の話だ。

現在の量子コンピューターは、依然として性能、エラー率、問題規模、計算コストなどに大きな制約がある。

現時点では、量子計算そのものが古典計算Classical Computing / Classical Computation0と1のビットを使って計算する、現在一般に使われているコンピューターによる計算方式。QI補足量子計算との比較対象として使われるが、CPU、GPU、スーパーコンピュータや専用アルゴリズムまで含み得るため比較条件に注意したい。に対して明確な経済的優位性を示し、それを理由に企業が本番業務で継続的に利用料を支払っていると外部から確認できる事例は、ほぼ見当たらない。 D-Waveなどは複数の「production application」を公表しているが、量子・古典ハイブリッド処理におけるQPUの寄与や、従来手法に対する経済優位性の詳細までは明らかにされていない。

したがって、現時点で「commercial customersが増えた」という発表を見て、

「量子コンピューターが企業の実務で普通に使われ始めた」

と解釈するのは避けた方がよい。

商用顧客がいることと、量子コンピューターが商用価値を証明したことは別である。

売上高の伸びと、量子コンピューターの実用化は同じではない

量子企業はすでに売上を作っている。

ただし、その売上の中身は、実機販売、政府案件、PoC、共同研究、クラウド利用、センシングや通信までさまざまだ。

量子企業が稼いでいることと、量子コンピューターが実務で稼げる技術になったことは、まだ同じではない。

商用化の現在地を見るなら、売上高そのものより、誰が、何に対して、継続的に金を払っているのかを見る必要がある。

関連記事

この記事が参考になりましたら、ぜひシェアしてください。
𝕏 この記事をシェア

類似投稿